2006年06月11日

シャオリンって?

と気になったので、調べてみた・・・・

これじゃないよな・・・・

で、気を取り直してキーワードとみたいになっている
特設サイトでは「蠱毒」(こどく)と
4gamerでは「猫鬼」(びょうき)についてみてみた。

なるほど、あえて書かないけど、呪いの術の一種らしい。

んで、この術の術士(蠱主というらしい)だった
シャオリンが猫鬼事件っていうのを起こしたらしく
これが元ネタ?のようだ。

猫鬼事件
 延州刺史独孤陀(ドコッタ)は、徐阿尼(シャオリン)とゆう婢をもっていた。この徐阿尼は、猫鬼へ仕えて、人を殺すことができた。人を殺すたびに、殺した人の財産を密かに盗み、猫鬼家に蓄えていたのだと言う。
 十八年、独孤后と楊素の妻の鄭氏が病気になった。診断した医者は言った。
「猫鬼の病です。」
 独孤陀は独孤后の異母弟で、独孤陀の妻は楊素の異母妹だった。それで文帝は独孤陀が怪しいと踏んで、高潁へ調べさせた所、証拠が見つかった。
 文帝は怒り、独孤陀夫妻を犢車に載せて引き回した。そして自殺させるつもりだったが、独孤后が三日も物を食べずに命乞いをした。
「彼等の蠱術が民を害したのなら、妾は何も言いません。しかし、今回は妾が狙われただけ。ですから、敢えて命乞いをするのです。」
 独孤陀の弟の、司勲侍郎独孤整も哀願した。これらによって、独孤陀は死罪を許され、庶民へ落とされるだけで済んだ。妻の楊氏は尼にされた。
 これ以前に、「母親が猫鬼に殺された」と訴えた者が居たが、文帝は本気にせず、叱りつけて追い払っていた。ここにいたって、訴えられた猫鬼家は誅殺するよう詔が降りた。
 四月、詔を降ろす。
「猫鬼、蠱毒、厭媚野道の家は、四裔まで投獄する。」


でもこれって、隋の時代598年に起こっているんだよね。
巨ってたしか豊臣の時代が舞台だった気が・・・
(まぁ、ガマだからということで片付くのかw)


まぁ、いつものような定期時間延長のUP作業、UP後の不具合、サーバーの不安定化の3連コンボはぜひとも回避していただきたいです><



posted by 紫香 at 21:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 巨商 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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